上杉景勝

2021年04月09日

『81城目』鮫ヶ尾城
(新潟県妙高市)
登城日:令和2年9月19日

御館の乱決戦の地、鮫ヶ尾城
天正6年春日山城内で、後継者を指名しないまま
上杉謙信が急死。

2人の養子、景虎と景勝が家督を巡って
越後を二分して争った。
この戦いで景虎方が拠点とした
御館(現在の直江津)
にちなんで
御館の乱と呼ぶ。

劣性となった景虎はわずかな手勢で鮫ヶ尾城に
立て籠もりましたが勢いにのる景勝方の猛攻に耐えきれず
天正7年3月24日に景虎は
鮫ヶ尾城にて自害した。

因みに景虎は相模の戦国大名、北条氏康の実子
永禄12年の北条氏と上杉氏の同盟を受け
越後に入り、謙信の養子となっている。
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(20:45)

2021年02月19日

『75城目』米沢城
(山形県米沢市)
登城日:令和2年8月3日

米沢城には上杉謙信公以外に
もう一つ像が在るんです。

上杉家を継いだ、上杉景勝公と
“愛”の兜で有名な直江兼続の主従像

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慶長6年(1601年)上杉家は関ヶ原戦の責めを負って
会津125万石から米沢30万石厳封されました。
初代藩主は上杉景勝公、その執政が直江兼続です。

二人の主従は固い絆で結ばれ、義と愛の心で
領国経営にあたり、米沢藩270年に渡る政治の
礎を築きました。

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(21:04)